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25.10.12.聖日礼拝『人生のターニングポイントに、いつも十字架の主が立って下さっていた』 哀歌3:19~26

  • 執筆者の写真: キリスト教会 インマヌエル久留米
    キリスト教会 インマヌエル久留米
  • 2025年10月31日
  • 読了時間: 2分

〕 これまでの「ターニングポイント」(振り返り地点)を考えると、それは落ち込ん

だ時、どうしようもなく心が沈んだ時だった。しかしその時、気づかされたことは毎回、「主のあわれみは尽きない」という恵みだった。十字架がそこに立っていた。

 

本〕Ⅰ私が落ちこみ沈む時

私たちの心はその時、どうなっていたか?

「私のたましいは平安から見放され、私は幸せを忘れてしまった」(17)と書かれているような状態ではなかったか。これはエレミヤが当時のイスラエルの人々の気持ちを代弁したとも、本人の言葉ともいわれるが、いずれにせよ、原因は南ユダ王国の偶像崇拝から来た神の裁きのゆえである。神殿は焼かれ、祖国を追われ、バビロンに奴隷にされたその有様を思ってエレミヤは哀悼した。その悲しみの歌が「哀歌」である。

 

Ⅱ落ち込んだ状態から光が差し込む時

人生振り返るとその「思い出は苦よもぎと苦みだけ」(19)としか思えないかもしれない。でも作者はもう一つのことを心に思い起こし、それが一筋の光となった。その時のひと言が21節。「私は待ち望む。主の恵みを」。その光が差し込んだ時、実感として心に迫って来たのは何か?「実に、私たちは滅び失せなかった」その根拠は?

「主のあわれみが尽きないからだ」(22)

 

ひとりになって見えてくるもの

心が落ちこむ時、私たちは孤独を感じる。しかし、一人になったからこそ主の御声を聴くことが出来るのではないか。その時教えられることは何か?「主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。」(33)「主は、たとえ悲しみを与えたとしても、その豊か恵みによって、人をあわれまれる。」(32) ◇例話:今日の締め括りの讃美歌「静けき川の岸べを」の作者スパフォードの詞が作られたストーリー。

 

結〕これからも人生、いろんなことに遭遇する。でもその時々のターニングポイントにはいつでも十字架の主が立って下さっている。最も大きな試みに遭われた主は私たちの痛みを知り、すべてを受けとめて下さる。感謝。

 
 
 

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