25.11.16 宣教聖日礼拝『どうか、あなたがしようとしていることをなさってください』ヨハネの福音書 6章1~6節
- キリスト教会 インマヌエル久留米
- 2025年12月1日
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序〕 今朝は教団指定の「宣教聖日」。宣教とは何か。論を学ぶことも大切だが、身近に起こる現実問題の中でイエスさまと向き合ってきた体験を証しする。それが何よりの宣教ではないか。今朝は大きな現実に向き合う主の姿を学ぶ。
本〕
Ⅰ主はしようとしていることを持っておられた
目の前の大群衆は「大きな現実問題」だった。ピリポを試された時、主は「ご自分が何をしようとしているのかを、知っておられた。」(6)■主がしようとしておられたこととはどんなことだったか?
①私たちが失望し、無力感にさいなまれる現実問題をひっくり返して下さるほどのこと。
②人間の計算や思惑をはるかに超えるほどのこと。ピリポは「足りません」 アンデレは「何になるでしょう」と返事をした。でも主はしようとしていることを持って下さっていた。何と心強いことだろう。
Ⅱ主がしようとしていることを妨げてしまう私たち
食べて満足したはずの群衆が、それでもまだイエスさまに問い返したひと言は衝撃的。
「私たちが見てあなたを信じられるように、どんなしるしを行われるのですか。何をしてく
ださいますか。」(30) 見える「「しるし」は一時的。その時が過ぎれば私たちはやがて死ぬ。そんな限られた存在にイエスさまは永遠を約束して下さった。(40) イエスさまがしようとして下さっていた究極的なことは、パンを増やして食べさせることだったのではなく、私たちにご自身(天のパン)を与えて、永遠のいのちを持たせることだった。
Ⅲ私たちも、しようとして構わない
箴言16:3に「あなたのしようとすることを主にゆだねよ」(第三版)とある。
あなたはしようとして構わない。むしろ計画を立てる能力は神さまが下さった賜物。しかし、悩んで立てた計画を、完璧なプランナーである神さまにゆだねる。そうすれば、私のキャパシティーもその時に置かれている環境もご存じの主が、私たちの出したものを最善の計画にして返して下さる。だからへりくだって祈り委ねることが大切。
結〕主はしようとしていることを持って下さっている。でもそれを私たちは人間的な計算や思惑で妨げてしまう弱さがある。しかしその計算や計画をも主にゆだねる時、さらに良き主の計画となって実現する。それであれば私たちの祈りは一つ。説教題「あなたがしようとしていることをなさってください」

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