25.11.30.聖日礼拝 アドベント第一週『受け入れ難い現実を前にした私たちへのメッセージ』マタイ1章18~25節
- キリスト教会 インマヌエル久留米
- 2025年12月25日
- 読了時間: 2分
序〕「ヨセフよ、恐れずにマリアをあなたの妻として迎えなさい」これを現代に生きる私たちへの言葉として考えるとどうなるか。「目の前の、受け入れ難現実を、そのまま受け入れなさい」 今朝はこれを神からのメッセージとして受けとめたい。
本〕Ⅰ受け入れ難い現実
①ヨセフにとってそれは?=突然妊娠したと告げた婚約者の存在。彼にとってマリアは愛す
るべき人。一日も早く結婚して幸せな人生を始められると期待していた。その喜びが完全
に奪われたと思われた。
②私たちにとってそれは?信頼していた人から裏切られた。突然病に打たれた。愛する人と
死別した。受け入れ難い現実を私たちもたくさん経験する。
Ⅱ現実を前に葛藤する私たち
①ヨセフの葛藤=マリアの妊娠は聖霊なる神さまによると聞かされても、頭では理解出来た
が心がついていかない。何日も葛藤の日々が続いたのではないか。それが人間だと思う。
②私たちの葛藤=目の前に起こった現実をすぐに受けとめることの出来るキャパシティもな
ければ、信仰で乗り切るだけのものもない。キリスト者であっても、もろく弱い。
Ⅲもがき続ける私たちへのメッセージ
一旦は「ひそかに離縁しようと思った」ヨセフ(19)。 でも再び思い巡らしている(20) 本当にそれでよいのか?との神の促しがあったのかもしれない。悩んでもがいた日々の中、ついに夢で神から示しがあった。20節から教えられる私たちへのメッセージが二つある。①「ダビデの子ヨセフよ」=悩んで立ち上がれない自分を神が知っていて下さる。
神さまは私たちの名前を呼んで下さる。
②「マリアを迎えなさい」=ヨセフがヨセフになるための課題を神は差し出された。
神さまが望んでおられる私になるための課題を神はご存じで、それにチャレンジするよう
仕向けられる。マタイ2章以降、ヨセフは登場しない。理由はマリアとイエスさまを守る
という彼への課題が果たせたからではないか。
結〕なぜ受け入れ難い現実をヨセフは受け入れることが出来たか?神が味方であって下さると信じることが出来たからではないか。マリアとの生活を進める中で、幼子イエスさまを見るたびに、インマヌエル(神は私たちとともにおられる)を実感出来たはず。現実を前にもがく私たちと神はともにいて下さる。

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