25.12.07.アドベント第二週『神のことばが、戸惑う私を新しくする』ルカの福音書1章35~38節
- キリスト教会 インマヌエル久留米
- 2025年12月25日
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序〕御使いから自分がみごもっていると聞かされたマリアは戸惑った。(29)しかし、
最後は「どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」(38)と告白
した。なぜ彼女はそのように神のことばを受け入れることが出来たのか。
本〕Ⅰ神のことばの恵みの力
マリアに対する御使いの最初のことばは「おめでとう」だった。(28) ギリシャ語でカイロ-(喜び)。御使いを通して語られたあの時の神のことばは単なる挨拶ではなく、マリア一人に限定されず、全人類に向けての喜びの宣言だった。イエスさまの誕生は新しい時代の幕開けを意味し、私たちのたましいの救いの体験を現実とした。
Ⅱ神のことばに戸惑う私たち
確かに神のことばは「恵み」だった。(30) 救い主誕生のために用いられることは光栄なこと、まさに恵みであった。しかし処女マリアは戸惑った。私たちも何かの出来事、誰かのひと言に戸惑い、傷つくことがある。そんな私たちと変わらないマリアを神が選び、イエ
スさま誕生のために用いられた。マリアが特別だったのでなく、神が偉大。
Ⅲ神のことばを心開いて受け入れる
戸惑ったマリアだったが、なぜ神のことばを受け入れることが出来たか?
①元々のマリアが持っていた要素。彼女は御使いのことばを受け流さず、「考え込んだ」(29)=ギリシャ語“思い巡らす”神のご計画であることはわかっても処女である自分がどのようにしたらそれが実現するのか疑問をもった。これは心開いて聴く耳を持ったから。私たちも否定から入るのでなく、神のことばを心開いて聴くことが大切。
②すでに起こっていた事例を示して神が彼女を助けて下さった。その事例とはマリアの親類類、年寄で不妊の女性エリサベツの妊娠。それを聞かされた時、「神にとって不可能ことは何もない」(37)と信じ、受け入れることが出来た。
結〕私たちも受け入れ難い現実を前にする時、マリアのように戸惑い、恐れる。それが普通の人間の姿である。でもそうした人間の弱さを神はよくよく知って下さっているので、それぞれに合った方法で導き、ご自身のみわざのために用いて下さる。心を開いて従う者たちを神は用いて下さる。

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