26.02.08.『預けられた「時間」の使い方の見直し』マタイ25:19~21
- キリスト教会 インマヌエル久留米
- 3月18日
- 読了時間: 2分
序〕 タラントは、「賜物」「頂きもの」「才能」などと訳せる。今朝は、そのタラントを、神さまから預けられている「時間」に適用させて考える。
本〕Ⅰこのたとえ話で想像できるシチュエーション
どんな状況で主人はしもべたちに金を預けたか?
①三人全員一緒に呼ばれて順番に預けられたか?
②別の場所で、違ったタイミングで預けられたか?
*想像力を働かせて聖書読むのは悪いことではない。
但しそこに固執してはいけない。私は②だと思う。
Ⅱこのたとえ話の中心点
このたとえは比較の話ではない。五タラント預けられたしもべは、二タラントのしもべと競ったのではなく、預けられたタラントをどう使うか考えてベストを尽くした。だから「良い忠実なしもべだ」とほめられた。このたとえ話は比較の話ではなく、忠実さを問う話。一タラントのしもべは地中に隠してそのまま出してきた。だから減っていたわけではなかった。でも主人は「悪い、怠け者のしもべだ」と怒った。忠実さを求めていたからだ。
Ⅲ預けられた「時間」の使い方の見直し
①比較の話ではないであれば、五・二・一の数字は関係なくなる。ところが私たちはどれだけ儲けたかが気になる。それは世の中がそう回っているし、幼い頃からずっと成績や数や量など、数字で人の価値が決まるように教えられてきたから。
②しかしイエスさまはたとえ話の中心点をそこに置かず、預けられたいのち、健康、その他たくさんの賜物を私たちがどう用いるかを神さまが見ておられることを私たちに教えられた。■預けられたタラント(賜物)の中で、「時間」を私たちはどう用いているか?
*そもそも「時間」は、神さまから預けられた大切なタラントだと意識しよう。そうでないと、一タラントのしもべのように無駄に終わらせてしまう。*ほんの数秒速く、便利になったとしても、その数秒が私たちの人生を豊かにしているか?便利になると、さらに速さを求めて、少しでも遅れ始めると、むしろイライラする一層忙しい人間を作り出しているのではないか。
結〕コリント第一13章の「愛」について。愛がなければ偉大な働きも無意味だと書かれている。逆に考えると、どんなに小さなことにも愛をもってするならば尊いことになる」(渡辺和子氏) 「わずかな物に忠実だった」と五タラント、二タラントのしもべたちはほめられた。私たちも神さまから預けられた「時間」をはじめとするタラントを用いるのにベストを尽くそう。愛をもって働こう。

コメント